| 第3章:デーモン New! |
| 第2章:アビス |
![]() |
デーモンは悪しき混沌の権化、つまりは唾棄すべき倒錯と元素の荒廃とが実体化した存在である。こうしたクリーチャーは、最も弱いものでさえ見るもおぞましい姿をしており、悪夢から抜け出してきたような種々の特徴をそなえている。これが最強クラスの魔物ともなると定命の感覚からすれば忌まわしいの一語に尽き、たんにそこにいるというだけでほかのクリーチャーを狂気に追いやらずにおかない。生きた殺戮機械として、デーモンはむさぼり尽くし破壊し尽くしたいという生得の衝動に衝き動かされ、能う限り最大の苦痛をもたらそうとする。恐れも情けも、この種族とは無縁の感情だ。
定命の諸種族にしたところで、道徳や礼節や博愛の薄皮を剥げば、堕落と憤怒が絡み合ってのたうつ醜悪な本性を露わにする。事実、デーモンの祖先はもともと定命の諸種族と似ていなくもなかったと言われている。ところが、彼らの内側で成長した闇が、やがて彼らの肉体と魂を歪ませてしまったのだという。そして今や、1体のデーモンが考えることは、ことごとく憎悪と悪意に染まっているのである。
本章ではこれら伝統的なモンスターたちの歴史、生態、そして恐るべき実像に関する新しい考察を展開し、ダンジョンズ&ドラゴンズというゲームに登場する著作物のうち最も名高いものの1つである『イグウィルヴのデモノミコン』に盛られている情報に命を吹き込む。ただし、くれぐれも用心してほしい。以下のページの内容は、掛け値なしに危険なものなのだから。
本章では次のようなトピックを取り扱う。
イグウィルヴのデモノミコン
『イグウィルヴのデモノミコン』から抜粋
汝が今手にしている書物。それを手に入れるためとあらば嬉々として妾わらわの前にひれ伏し、財産や家族はおろかみずからの魂までも喜んで差し出そうという輩には事欠かない。汝がどれほど己の力を過信していようと、どれだけデーモンに関する知識の該博さを誇ろうと、妾から見れば汝など所詮はずぶの素人に過ぎない。
デーモンは易々と1つの範疇にまとめることができるようなクリーチャーではない。上質皮紙とインクをどれほど費やそうと、無数にある彼らの特性や順列の一覧を作ろうなどというのは到底叶うべくもない企てだ。この『デモノミコン』に記された研究内容が正確にして非の打ちどころのないものであることは、妾が保証しよう。しかし、たとえわずか1体のデーモンが相手でも、デーモンと戦うにはたんなる知識以上のものが必要になる。なぜなら、デーモンは混沌のクリーチャーであり、必要に応じて変異を遂げる能力をそなえ、絶えず環境に合わせた適応を行なうからだ。奈落の軍勢に対して一度は功を奏した戦術が、次にはまるで通用せず、完膚なきまでの敗北に終わるという可能性も顧慮しておかなければならない。
汝は妾の手になるこの稀覯本を一時的に所有しているかもしれないが、それではデーモンという種に関する奥秘のごく一部を知ることができるというに過ぎない。そもそもこれは、妾が無数の世紀を費やして取り組んできた研究テーマなのだ。そのように苦労して手に入れた知識を、汝のようなこそ泥に持ち去られる恐れがある羊皮紙に書き記したのは迂闊だったと言うのか? そうかもしれない。しかし、よほどの愚か者でもない限り、汝は妾がすでに追跡を始めていることを知っているはずだ。ならば、この書のページを繰り、せいぜい知恵をつけるがいい。それを生かせるかもしれない時間は限られているのだから……
名高い『イグウィルヴのデモノミコン』は6巻が存在することが知られているが、いずれも長きにわたって多くの所有者の手を転々としている。この忌まわしい書物には、1ダースを越える奈落の諸侯たちを配下に従えるイグウィルヴの支配の秘密が記されており、それに匹敵する力を得ようと、数え切れないほどの魔法使いや賢者が全巻を手元に揃えようとしてきたが、これに成功した者はまだない。
『デモノミコン』は伝説的な大魔道士にしてイグウィルヴの師でもあったザギグ・イラジャーンが著わした『ズィクスの書』という書物に基づいていると言われ、“魔女王”イグウィルヴが気の遠くなるような歳月を費やしてアビスの知られざる深部を探り、デーモン・ロードたちと直接やりとりをすることによって得たデーモンの知識の集大成である。
各巻はずっしりと重く、羊皮紙のページを鉤爪状の金具で綴じて真鍮で補強してある。デーモンの皮と腱で作った暗色の表紙が、そこに収められた冒涜的な知識を束ね、かつ守っている。『デモノミコン』にはアビスとその住人に関する貴重な情報に加え、デーモン・ロードを召喚して縛めるための秘密の知識、恒久的なデーモンゲートをつくるための特殊な儀式の数々、それに、邪悪このうえないさまざまな呪文や祈祷といったものが収められている。
イグウィルヴ 悪名高いデーモン研究家で、自身の名を冠した独創的な著作をものした“魔女王”イグウィルヴは、今なおこの世と数あ また多の次元界で衰えを知らない強大な存在であり続けている。彼女の目標は全アビスを支配することにほかならず、彼女よりもアビスについてよく知っている者は、生者と死者とを問わず存在しない。 |
アビスの歴史
『イグウィルヴのデモノミコン』から抜粋 あらゆる時代に先立つ時代、定命の存在には測り知れないほどの大昔、創世の余震がいまだ多次元宇宙を揺るがしているさなかにアビスは生まれた。エントロピーの顕現とも言うべき強大なプライモーディアルたちがこの時代を支配し、生き の元素物質から全世界を創り出しては破壊するということを繰り返していた頃である。いっぽう、宇宙の彼方にはもう1つ別の種族が住んでいた。元素や物質からではなく信仰と理念から生まれた不老不死の神々である。“暁の戦” に先立つこの劫初の時代、プライモーディアルと神々はまだ接触していなかった。ところが、アビスの誕生が状況を一変させる――ほかの多くの物事を変えてしまったように……。
オビリス
最古の神話や伝説には、かつて、ある滅びゆく宇宙に君臨した邪悪な種族のことが語られている。悪の権化とも言うべきこの者たちはオビリスと呼ばれ、永劫の昔から支配を続けていた。やがて、みずからの飽くなき欲求が世界から生命や力をあらかた絞り尽くしてしまうと、彼らは自分たちの命運が尽きつつあることを知る。そこで、種族としての繁栄の末期、オビリスは自分たちの領域と他の領域とを隔てる障壁を破り、現実と別の現実とのはざまに生じた裂け目から究極の悪のかけらを押し出した。このかけらの力により、新世界の最も強大な住人たちを堕落させようとしたのである。彼らを堕落させ、最終的には奴隷化したあと、オビリスはこの新世界を思いのままに支配し、自分たちのおぞましいイメージに合わせてつくり直すつもりだった。
それから悠久の歳月が流れ、オビリスたちは1体また1体と息絶えていった。そして、生き残りの数もごくわずかという頃になって、彼らがはるか昔に着手した計画がようやく実を結ぶ。野心に駆られた1人の神が、例の悪のかけらを見つけて自分のものとしたのである。タリズダンという名のこの神は、自分の精神と霊魂が、滅びゆく暗黒世界に囚われたオビリスに対してひらかれてゆくのを感じた。こうした不浄の者たちとの結びつきはたちまちタリズダンを堕落させ、この神を狂気に追いやった。ところが、タリズダンとその同族が支配する天界の領域を制圧しようというオビリスのもくろみは抵抗に遭い、予想外の展開を見る。
オビリスは悪の種子をアストラル海に植えつけるようタリズダンに命じた。言われたとおりにすれば、忠誠の見返りにアストラル海全域をそっくり授けようというのだ。しかし、狂気にとらわれながらも、タリズダンにはわかっていた。約束の権勢をすっかり手に入れる前に、ほかの神々が彼を討とうとするだろうと。そこで、この狂える神は宇宙の最果てに旅し、当時誕生したばかりの荒れ狂う“元素の渾沌”に悪の種子を植えつけた。堕落したプライモーディアルたちの領域を、あわよくば手中に収めようとしたのである。
アビスの誕生
悪の種子が植えつけられたことにより、“元素の渾沌”に未曾有の力が解き放たれた。オビリスの領域から持ち込まれたばかりの悪が、黒い炎と化して最後の輝きを見せると、悪の種子が投じられた場所に大口をあけて出現した渦のなかで爆発した。当初のもくろみ通りにいかなかったとはいえ、今さら後戻りするわけにもいかず、オビリスたちは渦のなかに引き込まれるまま身を任せる。やがて彼らの故郷は焼き尽くされ、ついには完全に破壊されてしまった。
オビリスは彼らの邪悪さの新たな温床を獲得し、それなりの成果を得たかに見えた。ところが、現実世界の生地に生じた裂け目が閉じると同時に、タリズダンは自分の主になろうとする者たちに背を向ける。オビリスたちの禍々しくも堂々たる姿を目の当たりにしながらも、タリズダンは彼らが以前につくり出した結びつきによって彼らの怒りから守られていた。いっぽう、くだんのかけらの邪悪さと狂気が、タリズダン自身に途方もない力を与えていた。悪のかけらを中心に生じた渦こそがアビスであり、その支配権をめぐってタリズダンとオビリスが争うあいだにも、アビスは“元素の渾沌”の内側で大きくなっていった。久遠の歳月におよぶ戦いのなかで、タリズダンは悪のかけらのあとを追って誕生間もないアビスを突っ切り、膨張しつつあるその実体から眷属を呼び出した。創造主の命令に応じて最初のデーモンたちが雄たけびをあげ、オビリスたちに襲いかかる。倒されても倒されても、彼らの怒涛のごとき攻撃はやまなかった。
悪のかけらが狂える神に与えた力の大きさは、オビリスたちが予想もしえないものだった。たんなる傀儡に過ぎなかった相手が、今や比類のない強さと絶対的な邪悪さを身につけて自分たちの前に立ちはだかっているのである。オビリス側は最後に残った12人が力を合わせることでなんとか破滅を免れ、終わりのない戦いに継ぐ戦いのなかでタリズダンを手詰まりに陥らせることに成功した。両陣営がひとまず兵をひいて互いに相手を滅ぼそうと策を練るなか、アビスの成長は一段落し、その勢いも緩んだ。新たに生まれたこの領域の外側にいる者たちは、ここに至って初めてその存在に気づいたのである。
デーモンの大巨頭
力と、徐々に広がりつつある創造の諸領域を支配する権利とを約束する囁き声に引かれ、プライモーディアルの第一陣がアビスに足を踏み入れた。渦の内側に広がる破壊された領域はすっかり腐敗していたが、道徳的な事柄に無関心な彼らはアビスの邪悪な中枢の囁きに招かれるまま先に進んだ。荒廃した世界のさらに奥へと足を踏み入れるうちに、やがて彼らは血のように赤い大洋の浜辺に出、ついにアビスの中心部にたどりついたことを知る。悪のかけらは原初の“血の海”の浅瀬に浮かび、一歩を踏み出してそれをつかみ取るだけの勇気を持つ豪の者を差し招いているのだった。
先陣を切ったのはデモゴルゴンという名の、抑えがたい怒りに駆られた短気なプライモーディアルだった。しかし、デモゴルゴンが打ち寄せる白波に足を踏み入れるやいなや、海の下に広がる小暗い深みから別の何かが立ちあがった。ダゴンである。2体の堂々たるプライモーディアルはかけらの所有権をめぐって激突し、海を血風の吹き荒れる嵐に変えた。ところが、2体の戦いが続くうちに第三の存在がそれまで見えなかった穴から這い出し、かけらの争奪戦に加わった。腐敗と汚物をつかさどる厭わしいオビリスにして初代の“デーモンの大巨頭”たるオボクスオブである。
総仕上げ
“デーモンの大巨頭”として比類のない力を手にしながらも、オボクスオブはまだその力を完璧に使いこなせるようにはなっていなかった。タリズダンにそうしたように、悪のかけらはまたも自分をアストラル海に植えつけるよう、持ち主に命ずる。オボクスオブはかけらの途方もない重さに苦しみながらも、なんとかそれをアビスの外に運び出し、自分たちオビリスがかけらをつくり出したそもそもの目的を果たそうとする。
しかし、かけらがアストラルの領域にただ埋もれたままになるのを見るのは、必ずしもすべてのデーモンが望むことではなかった。すでにデーモンへの変貌を遂げようとしていたデモゴルゴン、オルクス、バフォメットというプライモーディアルたちが、オボクスオブの行為によって全宇宙の支配権が彼のものになるのを恐れたのは当然である。彼らはオボクスオブがアストラル海にたどりつく前に襲いかかり、かけらもろともオボクスオブを渦――その下方にアビスが形成されている――のなかに投げ戻した。投げ戻されたオボクスオブが激突した箇所でアビスは引き裂かれ、そこに深い裂け目が生じ、この裂け目から、荒れ狂う嵐となって海が流れ出していった。
新たに生じたこの“血の裂け目” を降り無明の深みを目指すうちに、デモゴルゴン、オルクス、バフォメットの3体はついにデーモン・ロードへの変貌を完成させる。にも関わらず、彼らは自分たちの力が衰え始めるのを感じた。かけらの行方を追って彼らがさらなる深みへとくだるうちに、アビスは突如として沈黙してしまったのである。危険を察知した3体はただちに追跡をやめて引き返したが、ガラッシュという強大なプライモーディアルがその脇をすり抜け、かけらをわがものにしようと下方へ向かった。それ以来ガラッシュの姿が見られることはなく、また、その暗黒の日からこのかた、デーモン・ロードたちは“血の裂け目”の底知れない深部に悪のかけらを探しにゆくのを恐れるようになった。
やがて、アビスの不毛の表面に続々と新たな裂け目が出現するようになる。こうした裂け目の探索にともない、クリーチャーたちは異次元の導管をとおって未踏の僻地に飛ばされた。アビスを形づくった禍々しい大渦は、悪の種子が“元素の渾沌”の根源的深部まで掘り進んでゆくにつれて、ますます大きくなっていった。そうしてできたいくつもの新しい階層のなかで、デーモン・ロード各自が広大な領土を形成し、アビスの“生地”そのものをみずからの固い意思に合わせてねじ曲げていったのである。
元素邪霊教団と“暁の戦”
アビスにプライモーディアルが侵攻してきたのを見て、タリズダンも手を打たざるを得なくなった。最初、デモゴルゴンやオルクスをはじめとするデーモンを奴隷化しようと試みるも、彼らが力を合わせればタリズダンでさえ手に余るほど強大だということが判明する。ただ1度の戦いで敗れるリスクをおかすよりはと、タリズダンは普遍的支配を確立すべく“元素の渾沌” とその住人たちの総力を結集しようとする。神々がこの世界の諸事に干渉してくることに対してかねて不満をつのらせていたプライモーディアルたちは、蜂起をうながすタリズダンの呼びかけに一も二もなく応じた。この狂える神がアビスの中心部に埋もれている悪のかけらを取り戻せば、アストラル海の神々に対する自分たちの勝利が確かなものになるだろうと確信してのことだ。みずから“旧き元素の目”を名乗ったタリズダンのもとに大勢の支持者が集い、一大勢力に膨れあがった。もっとも、彼らのなかにタリズダンの正体が神だと知る者はほとんどいなかった。タリズダンの扇動に乗せられた“元素”起源のその他のクリーチャーたちも彼の旗のもとに集まり、この元素邪霊教団は膨張を続けた。
タリズダンの副官のなかでリーダー格とされたのが、狼蜘蛛のミスカと呼ばれる強大なプライモーディアルだった。アビスを急襲し、悪のかけらを回収する役目を命じられたのもこのミスカである。しかし、神々はすでに、アビスとそこに侵入したプライモーディアルたちに関心を注いでいた。タリズダンのもくろみが露見するや、不老不死の神々は彼に攻撃を仕掛ける。いかに強大なタリズダンといえども、団結した神々の力にはかなうはずもなかった。神々はアビスの深層にタリズダンを封じ込め、“鎖に縛られた神”と呼んでその名を歴史から消し去った。いっぽう、タリズダンの軍勢は総崩れとなったものの、完全に敗れたわけではなく、ミスカをはじめとする“元素邪霊の大公たち”に率いられて戦いを続けた。
混沌の女王
宇宙的な大渦であるアビスの真上には、無慈悲な太陽が静止している。千年に1度、衛星軌道を描いてまわる元素土の巨大な塊がこの恒星を覆い隠し、千門平原は真闇に閉ざされる。世界が超自然的な黄昏に包まれるこの稀有な現象が初めて起こったとき、仲間たちから“混沌の女王”と呼ばれる最強のオビリスが、デーモン・ロードとタリズダンの残党が争奪戦を繰り広げる“力” をみずからの手中に収める好機と見た。
“日蝕”が始まると、地上の平原では大規模な合戦がいよいよ激しさを増した。オボクスオブの軍勢は、自分たちの階層に存在する各ポータルを狼蜘蛛のミスカとその兵から守っていた。やがて、ミスカとその手勢がすでに弱り目の“デーモンの大巨頭”を追い詰め、悪のかけらの在りかに導いてくれるだろうポータルが使えるようになる一歩手前までこぎつけた。“混沌の女王”が満を持して乗り出してきたのはこのときである。
荒涼たる平原でこの強大なオビリスはオボクスオブを殺し、空位となった“デーモンの大巨頭”の座を狼蜘蛛に勧めた。タリズダンが二度と自由の身になれないのではないかと久しく恐れていたミスカは、オビリスのこの申し出を受けるよりも前に、すでにアビスの呼び声に膝を屈していた。ミスカは“混沌の女王”に忠誠を誓うのと引き換えに、アストラル海の神々を滅ぼす戦いへの協力の約束を取りつける。いっぽう、アビスの力と“元素の渾沌”の軍勢を後ろ盾に得たことで、にわかにほぼ絶対的な力がふるえる立場になった“混沌の女王”は、あらゆる被造物を支配することを夢想しながら、アビスの彼方に目を凝らすのだった。
混沌連合
“混沌の女王” と狼蜘蛛ミスカとのあいだに盟約が結ばれたことで“暁の戦”のなかでも最も激しい戦が幕をあけ、神々と混沌勢力の争いはついに山場を迎える。当初、混沌の連合軍が神々を撃ち破り、アストラル海は失われるかに見えた。ところが、神々の拠点が次々に陥落するなか、モラディンのエグザルフと、バハムートに仕える“アーカの風の公爵たち“と呼ばれる7人のエンジェルがトルザクベルギルン(モラディンの“魂の炉”)に集まり、ロッド・オヴ・ロー(秩序のロッド)をこしらえる。この強力な武器をもってすれば、混沌の軍勢を完膚なきまでに叩きつぶすことができる――神々はそう期待した。
神々の期待にたがわず、ロッド・オヴ・ローはアストラル海における戦いの形勢を一変させた。狼蜘蛛ミスカをうちのめし、“デーモンの大巨頭” たる彼を未知の次元界に追いやることで、この切り札は侵略者たちの士気をくじいたのである。指揮官を失ったミスカの軍勢は“元素の渾沌”に退却し、ロッド・オヴ・ローはロッド・オヴ・セヴン・パーツ(七つに分れたロッド)と呼ばれるアーティファクトに変じた。“混沌の女王”も力を殺がれて戦意を喪失し、アビスに撤退を余儀なくされた。彼女のその後の消息はいまだ知られていないが、次に千門平原が“日蝕”に見舞われるときまで、女王は戻ってこないだろうと言われている。
流血の時代
“混沌の女王”率いる兵が退却し、女王に仕えていたデーモンたちも散り散りになるかまたは死にゆくのを見て、デモゴルゴンは行動に出た。女王が力を維持していたときはその背後に控えることで満足していたオビリスたちは、女王が敗れるとそれぞれの隠れ処に引きさがった。自分たちの正体と本性を隠しておくだけの先見の明を持っていたため、彼らは彼らの力を脅威と見なすデーモン・ロードたちから狙われる心配こそなかったが、そのかわり、デモゴルゴンが“デーモンの大巨頭” を僭称するのを歯噛みしながら見ているほかなかった。デモゴルゴンは競争相手を一掃し、支持者たちを一大勢力にまとめあげると、アビスに攻め込んでいたアストラル海の兵を追い返した。
“鎖に縛られた神”と堕ちた天使
“混沌の女王”が公然と征服を試みたのに対し、オビリスのなかにはより隠微な計略をめぐらせる者もいた。ミスカの挫折とオビリスの女王の敗北からまもなく、パズズという名のオビリスがみずから権力を手に入れようとひそかにアビスを抜け出した。秘密のポータルをいくつも通り抜けてタリズダンが囚われている牢獄を目指す途中、パズズは神々しい門衛の1人の前に姿を現す。この門衛はアスモデウスといって、貞節と功徳を体現する天使であった。パズズはこの天使をおだて、神々がアスモデウスの忠誠に報いるどころか、報われない仕事を与え、未来永劫それに従事することを強いていると言って嘆いてみせた。
アスモデウスのなかに芽生えた虚栄心と分不相応な自負はしだいに大きくなり、パズズの言葉に煽られて傲慢さへと変貌を遂げた。やがて、忠誠を誓った神よりも自分のほうが公正だと思い込むにいたったアスモデウスは、アビスの中心に存在する悪のかけらの囁きを聞くようになる。“鎖に縛られた神”を監視するという本来の務めをなおざりにして、アスモデウスは探索の旅に出、アビスのはるかな深みでかけらを見つけ出す。アスモデウスはかけらの小片を切り取って持ち去り、先端にルビーを埋め込んだ、途方もない力を持つロッドをつくった。
絶対悪の笏杖で武装したアスモデウスは兵を率いてアストラル海に攻め込み、かつてみずから仕えた神を戦死させる。しかし、この勝利は長くは続かず、アスモデウスとその禍々しい軍勢は、アスモデウスがかつて仕えた神の領地に幽閉された。それでもなお、この堕ちた天使の権勢欲は衰えず、数万年ののち自ら神を名乗るようになっても、アビスの中心部に戻って悪のかけらからより強力な小片を切り取ってきたいという執念を燃やし続けた。
流血戦争
次の時代の始まりから終わりまで、デーモンとデヴィルは数え切れないほどの戦場で兵戈 を交えた。アスモデウスが悪のかけらの力を手に入れようとするいっぽうで、デーモン・ロードたちはアスモデウスが持ち去ったかけらの小片を然るべき場所に戻そうと手を尽くした。
まもなくデヴィルは無視できない勢いでアビスに流れ込むようになり、鉄の砦をいくつも築き、戦略的な要衝である千門平原の相当部分を掌握した。デーモン・ロードの軍勢はデヴィルを追い返し、アヴェルヌスに存在する地獄めいたいくつもの平原で戦いを仕掛けた。
幾万年幾千年に渡り、流血戦争はいつ終わるとも知れないまま続いた。やがて唐突に、この終わりのない戦いが陰鬱な休戦状態へと移行する。九層地獄では内戦が勃発し、アビスではデーモン・ロード同士の絶えざる勢力争いが続くなか、流血戦争による損耗が両陣営の許容限度を超えてしまったからである。以来、今にいたるも休戦状態は続いている。
![]() |
デーモンの生理学
『イグウィルヴのデモノミコン』から抜粋
デーモンの生理学には計り知れない魅力がある。彼らほど素早く徹底的にこの宇宙の環境に適応するクリーチャーを、妾わらわはほかに知らない。たとえば、炎めいたイモリスを1体、極寒の“鉄の荒野”に連れていってそこに放置したとしよう。数カ月後に戻ってみれば、そのイモリスの体は炎ではなく身を切るように冷たい霜に包まれているはずだ。さらに数年を経て戻ったなら、そこには最初に置いていった炎めいた姿のクリーチャーではなく、むしろ外見・能力ともジャールラクに近いデーモンがいることだろう。妾はアビスの各階層で何度もこれを経験し、そのたびに似たような結果を得てきた。もし愛するグラズズトを“生ける舌の森”に数年間閉じ込めることができたなら、彼はいったいどんな姿になって出てくるだろうか?
原初のデーモンたちがなぜ、またはどのように現れたのかを、正確に知る者はいない。“元素の渾沌”特有の物理的不安定さが悪のかけらと融合した結果、それが触媒となってデーモンという種を生み出したのだとする賢者もいる。いっぽう、絶対悪のかけらそのものが、オビリスという種族の死者の大半の霊魂が集まった集合体だと信じる者もいる。それが“元素の渾沌”と融け合ったとき、新種のクリーチャーが生まれたのだ、と。いずれにせよ、デーモンの生理学がほかのどんなクリーチャーのそれとも劇的に違っていることは間違いない。
肉体と霊魂とアニマス
デーモンは憤怒と粗削りな適応能力の塊のようなクリーチャーである。闇雲な破壊を行なう魂無き尖兵としてアビスから生み出された彼らは、絶えず進化し続ける姿形と凄まじいアニマス、それに絶対的な邪悪さを兼ねそなえたクリーチャーと言える。オビリスおよび変貌を遂げたプライモーディアルは、デーモンのなかでも魂を持つ数少ないタイプに数えられる。ほかに魂を持つデーモンとしては、みずからの意思の力によるかまたはアビスにさらされたことによってデーモンに変身したその他のクリーチャーがいる。かつての大悪魔グラズズト(『次元界の書』のP.117を参照)は、異なるクリーチャーからデーモンに変じた者のなかで最もよく知られている1体かもしれない。もっとも、下級のデーモンでも、経験を積むなり、魂を持つデーモンに仕えるなり、魂蟲(P.14)を喰らうなりして、魂を形成することができる。魂を持つデーモンは概して、魂を持たないデーモンよりも巧妙に考え、共謀し、計画を練ることができる。
デーモンの魂は輪廻転生の環――アストラル海、シャドウフェル、そして定命のクリーチャーにとっての死後の世界が結びついたもの――には属さず、また、破壊と死のみを糧にしている。一部の賢者やデーモン研究家(イグウィルヴも含む)は、アビスの中心部に存在する悪のかけらから広がるデーモンの魂に似たエネルギーについて言及し、それをアニマスと呼んでいる。
解剖学的構造と習性
デーモンの解剖学的構造は他の生命形態のそれを真似たものであり、デーモンの姿形はそれこそ“彼方の領域”のどんな存在にも劣らないほど多様である。既知のさまざまなデーモンというのは、すでに相当な数に達し、そこから極端に増えることも減ることもなく安定数を保っている特定の姿形を列挙したものに過ぎない。しかし、個体名を持つデーモンはそれぞれまったく異なる能力を持ちうるし、また、起源以外に共通項をほとんど持たないデーモンのほうが圧倒的に多い。
デーモンは魔法や毒やその他の外的な影響によって強いられるのでない限り、めったに睡眠をとらない。呼吸はするし、飲み食いもするし、社会生活らしきものさえ営むが、こうした行動の様式や表面的理由は、デーモンの姿形同様多岐にわたる。デーモンの大半は肉食であり、生きたまま獲物を食らうのを好む。いっぽう、植物(デーモンは膨大な量の植物をあっという間に平らげてしまうことが少なくなく、そのあとはイナゴの大群に食い荒らされたよりも酷い状態になる)や鉱物、あるいは金属を食するデーモンもいる。なかには元素のエネルギーや魔法を糧に命を長らえる者もいる。
デーモンにとって生命維持や生存よりも優先する至上命題は破壊である。ほかの活動はすべて、混沌と殺戮を広めるという究極の目的のために奉仕しなければならない。この目的を達成するための手だては無限にあるように見えるが、だからこそデーモンの生理学上の相違もまた無限に存在するのである。
カコデーモンと憑依
並はずれて強大なデーモンが死ぬと、その魂はしばらくのあいだカコデーモン(悪霊)として存在し続けるかもしれない。定命の存在の魂が、当面シャドウフェルをさまよい最終的な運命が決定されるのを待つように、カコデーモンは生前そのデーモンが持っていた力の大きさに比例した期間存在し続ける。ただし、シャドウフェルをさまよう魂と違い、カコデーモンは肉体または物体に憑依することで彷徨をやめることができる。
魂無き肉体への憑依
カコデーモンが憑依するのに最も手ごろなのは魂無き肉体であり、これはアビスにごろごろしている。デーモンのなかでいちばんありふれているのが魂を持たないデーモンであり、そのなかでも強大な個体は、さらに強大な魔物の餌になるからだ。
魂無き肉体――特にデーモン以外の肉体――に憑依することはリスクを伴う。人格や経験はそのカコデーモンのアニマスのものが保たれるのに対し、肉体的な能力は憑依した相手のそれに限定されるのである。また、物体に憑依する場合(次項参照)と異なり、いったん魂無き肉体に憑依すると、カコデーモンはその肉体が破壊されるまでその肉体に縛られる。さらに、肉体に憑依した状態で殺された場合、そのデーモンのアニマスが再びカコデーモンになるという保証はない。
物体と人造
カコデーモンは魔法の物体や人造にも憑依することができる。ただし、人造に憑依するにはたいてい誰かに強制される必要がある。普通の憑依同様、デーモンは憑依した物体を通じて見たり聞いたりすることができるが、なんらかの機械仕掛けでも施されていない限り、デーモンの憑依した物体が自力で移動するには相当な意志力を費やさなければならない。カコデーモンが魔法の物体に憑依するのは、その物体の所持者や守護者に憑依するための布石であるかもしれない。そうすることで、カコデーモンはより適当な“宿主”が見つかるまでの移動手段を得ることができる。
人造への憑依には魂無き肉体に憑依するのと同じリスクがつきまとうため、人造にみずから進んで憑依しようとするカコデーモンはほとんどいない。強大なデーモンやデーモン研究家は、カコデーモンを騙すなり強制するなりして人造の体に取り憑かせ、デーモンが憑依した人造を創り出すことがある。ハーゲンティは、クロックワーク・ホラー(P.115)をはじめ、デーモンの憑依した人造を供給する悪名高いデーモン・ロードである。
魂を有する“宿主”
カコデーモンの憑依の対象に選ばれた犠牲者は、たいてい他者の侵入を感じ取り、それを撃退すべく戦う。それゆえ、カコデーモンはできるだけ自分よりも弱い相手を憑依の対象に選ぶ。憑依を試みて失敗した場合、本来の標的ではなく魔法の物体に取り憑いてしまったり、魔法円に囚われてそこから出られなくなってしまったり、あるいはもはや“器”を所有することができない、無に帰るだけの状態にまで消耗させられてしまう恐れがある。また、魂無き肉体に憑依するのと同様、魂を有する肉体が死んだ場合も、憑依していたカコデーモンは二度と顕現できなくなるかもしれない。
このタイプの憑依によって、急速に力を獲得する機会が得られる。標準的なデーモンの昇進においては最下層を通過するのにさえ何世紀もかかるのに対し、意欲のある定命者は10年かそこらで神にも等しい力を得ることができる。さらに、宿主の魂を耕しゆっくりとむさぼるにつれ、その過程でカコデーモンが手にする力は、魂蟲を途方もなく大量に喰らうことで得られる力に匹敵する。
憑依された肉体本来の魂の名残がすべて消え失せたとき、アビスがそのアニマスと肉体を正真正銘のデーモンに変貌させることがある。賢者やデーモン研究家のあいだでは、フロスト・ジャイアントのコシチェイ(P.116)はカコデーモンによる憑依を経てデーモン・ロードになったと考えられている。
デーモンの昇進
『イグウィルヴのデモノミコン』から抜粋
デーモンを理解するには、何が彼らを駆り立てているのかを知らなければならない。すべてのデーモンは大虐殺と完全な荒廃を切望しているが、はたしてそれはなんのためなのだろうか? デヴィルと異なり、デーモンは己のために悪を扇動するという哲学的な欲求から暴力行為を働くわけではない。デーモンの欲求はそれほど実存的なものではなく、もっと本能的なものだ。彼らを殺戮と破壊に駆り立てる原始的な衝動は、アビスの囁き――混沌そのものの言葉による強力な呪言――によっていっそう煽り立てられる。妾わらわ自身、暗闇のなかでこの囁きを聞いたことがあり、そこに示された洞察やそれが約束する運命の抗しがたい魅力をよく知っているのだ。
アビスの過酷な環境において、デーモンはそれに適応しなければ死ぬほかない。新しいデーモンたちはおしなべて弱く、単純である。そうしようと思えば弱小な魂無き“宿主” として永遠に生きることができるにも関わらず、力と地位を渇望する。アビスの混沌とした階層秩序のなかで力とより高い地位を得るために、デーモンはほかのデーモンたちを下僕として束縛しなければならない。そうした束縛の儀式では、そのデーモンが魂を吸収することが必要となる。
魂を手に入れるのに、デーモンの多くは魂を商う邪悪なクリーチャーたちから買い入れる方法を選ぶ。こうしたクリーチャーにはナイト・ハグ(『モンスター・マニュアル』のP.206)、デス・ジャイアント(『モンスター・マニュアル』のP.108)、Oni Spiritmaster(オニの悪霊使い)(『Open Grave: Secrets of the Undead』のP.172)といった者たちがいる。霊魂エネルギーはまた、魂を持つクリーチャーを殺したり、魂蟲(たまむし)を喰らったり、デーモンの幇間(ほうかん)や定命の属隷(ぞくれい)を手に入れたり、定命のクリーチャーに憑依して力の探求と獲得に利用したりすることでも手に入る。
充分な量の霊魂エネルギーを蓄積すると、デーモンは新しい形態とより強力な能力を身につけることができる。魂を数多く吸収すればするほど、デーモンはよりアビスに適した存在になり、また、アビスのほかの住人たちに対してより強い支配力を行使できるようになる。相当数の魂を吸収したデーモンはまた、やがて自分自身のアニマスを顕現させることができるようになる(P.10「肉体と霊魂とアニマス」の項を参照)。
霊魂エネルギーは最終的に、奈落の一部を縄張りとして支配するだけの力をデーモンに与える。昇進のゴールとも言うべきこの高みにたどりつくには、そのデーモンの意欲と才覚しだいで、数世紀ですむこともあれば、それこそ永遠とも思えるほどの歳月を要することもある。このプロセスを完了したデーモンは“真の名” (P.16)を名乗ることが可能になり、デーモン・ロードとなる。
デーモンの好物としての魂
賢者とデーモン研究家によれば、デーモンが生きているクリーチャーを殺すと、その殺すという行為の荒々しさと激しさが、クリーチャーの骸に残っている霊魂エネルギーを解き放つのだという。デーモンが取り込むのはこのエネルギーであり、それは犠牲者の魂が無傷で存在の次の段階に移行する場合も変わらない。デーモンと異なり、不老不死の存在もまた魂を持つ。アストラル海に住む不老不死者たちの魂は、デーモンにとって最も価値の高い魂である。いっぽう九層地獄を支配するデヴィルたちの魂は、流血戦争の折に最もよくデーモンに吸収された。
魂蟲(たまむし)
定命の肉体が死を迎えたあと、ほとんどの魂はレイヴン・クイーン(鴉の女王)の住まいを通り抜け、既知宇宙の外へと向かう。神々はそのなかからごく少数のお気に入りをそばに呼び、仕えさせる。いっぽう、いわゆる“墮獄者”は、呪いや生前の蛮行、あるいはデヴィルその他の不浄のクリーチャーと契約して自分の魂を売り渡してしまった咎により、死後の罰を受けなければならない。
誰のものでもない――契約によって特定の主に縛られていない―― “墮獄者”は、過酷な運命に向き合うことになる。彼らは黄色い芋虫のような醜い姿でシャドウフェルに転生し、そこから脱出しようという虚しい試みの証しとして、出口を探して這いまわった粘液の跡をあちこちに残すのである。ナイト・ハグのような略奪者や、その他の魂の密売人たちはこの粘液の跡をたどり、これら魂蟲を大量に集める。そうして九層地獄やアビスその他の暗い領域で、集めた魂蟲を売りさばくのである。オルクスのようなデーモン・ロードは魂蟲の這いまわる場所で狩りを行なうが、大半のデーモンは市場で魂蟲を調達する。そのほうが、わざわざシャドウフェルに赴いて狩りをするよりも安全かつ安あがりだからだ。
九層地獄のデヴィルたちはディスの魂市場で魂蟲を買い入れる。そうした魂蟲はたいていデヴィルたちに束縛され、九層地獄をさまよい歩く“墮獄者”に変貌する。彼ら“歩く墮獄者”は生きていたときと同じ外見をしているが、その頬はこけ、体は痩せさらばえている。彼らは未来永劫苦しみ続ける運命にある。
デーモンは魂蟲を喰らい、そのなかに囚われている魂を滅ぼす。1つの魂蟲は1,000gp相当の物品またはサービスに等しい価値を持ち、アビスでは基本通貨として通用する。デーモンはときに魂蟲を等価の通貨と交換することがあるが、あえてこの世の通貨を使う理由があるデーモンなどほとんどいない。
デーモンのなかには魂蟲をすぐに喰らってしまう者もいるが、反対に、魂蟲を貯えておき、ここぞというときにたまった魂蟲をむさぼり喰らうことで、みずからの力の大幅な底上げをはかろうとする者もいる。下級のデーモンは魂蟲を喰らいたいという欲求に抗い、自分よりも強力なデーモンの歓心を得るために魂蟲を献上するかもしれない。また、デーモンの大君主のなかには下僕たちを生かしておいてやる代わりに、彼らから決まった量の魂蟲を取りたてる者もいる。
幇間(ほうかん)と属隷(ぞくれい)
デーモンは自分よりも劣った者に対して横暴であるばかりか、血への飢えが高じるたびに逆上し、役に立たない下僕をむさぼり喰らうことで知られている。より強大な形態に昇進したいと願うデーモンは、そうした昇進に進んで協力する下級のクリーチャーを使って、みずからの破壊衝動を鎮めることができる。
昇進したいという野心も意欲も持ち合わせていない下級のデーモンは、それらを持っている、より強いデーモンに服従する道を選べる。彼らは自分の堕落した精髄の一部を差し出すことで、一定の安全を手に入れる。つまり、主の怒りが爆発したときも、ある程度大目に見てもらうことができるのである。強者にへつらうこうしたデーモンは“幇間”と呼ばれている。
幇間は主に精髄を差し出してばかりいるため、自分自身の昇進はほぼ絶望的になる。もっとも、幇間と主のつながりは取り消せないものではなく、主は悪意やそのときの都合から一方的に関係を断ち切ることができる。主から見捨てられた幇間はDM(ダンジョン・マスター)の選択するペナルティをこうむるうえ、長生きは望めなくなる。
上位のデーモンとそれを崇拝する定命者のあいだにも似たような協定が成り立ちうる。こうした定命の存在は“属隷” と呼ばれる。属隷に多いのは、デーモンを崇める教団の幹部や、デーモン以外のクリーチャーでもともとアビスに奉仕している者たちである。彼らはデーモンの主におのが肉体と精神と霊魂を進んで差し出すことを選ばなければならない。
デーモンの社会
『イグウィルヴのデモノミコン』から抜粋
混沌の化身であるデーモンには、単一の文化というものが存在しない。あるデーモンにとってなにがしかの秩序が存在するとすれば、それは自分よりも強いデーモンによって課せられた秩序だけであり、またあるデーモンがほかのデーモンたちに対してみずからの権威を強引に行使できるほどの高みにのぼったなら、その瞬間からライバルたちはその権威を覆そうと動き始める。“デーモンの大巨頭” の称号はいくたりものデーモン・ロードによって名乗られてきたが、彼らのいわゆる“臣民” たちのあいだに一時的かつ利己的な秩序以上の何かを醸成できたデーモン・プリンス(デーモン・ロード中の有力者)は1人もいない。妾わらわ自身、王冠を手にする機会は幾度となくあったのだが、その都度見送ってきた。むざむざとほかの者の轍を踏むつもりはないからだ。陰で糸を引くことで結局はより大きな力を手に入れることができるのに、抑えつけることのできない者たちを抑えつけようとする愚を、わざわざ犯す意味があるだろうか?
デーモン・ロード
アビスがたとえ部分的にであれ馴致 されているのは、ひとえにデーモン・ロードたちの気まぐれによる。自分たちの意思と残忍さによって、デモゴルゴンやオルクスをはじめとする大勢のデーモン・ロードたちは、本来破壊と憎悪が渦巻く混沌の坩堝である世界に、まがりなりにも秩序と呼べるものを根づかせているのである。もしデーモン・ロードたちが一致団結して攻めてきたら、アストラル海に住む神々その他の不老不死者たちも太刀打ちできないかもしれないが、そうした団結は金輪際ありそうもなく、アビスの諸侯は外からの脅威に対処するのと同じだけの時間を内輪もめに費やしている。
伝説によれば、デーモン・ロードの総数がある値に達すると――その値がいくつなのかは知られていないが――、彼らの争いは激化し、その結果たった1人しか生き残れないという。そうやって勝ち残ったデーモン・ロードの覇者はアビスと1つになり、全アビスの意思と力がその単一の存在のなかに顕現する。その存在がどれほど強大になるかは、いまだ曖昧模糊とした推測の域を出ない。
デーモンがデーモン・ロードとなるには、次の4つの課題を達成しなければならない。
真の名
あらゆる存在の内側では、その存在が抱く欲望や嫌悪、その存在を待ち受ける運命、それにその存在の中核をなす精髄といったものを象徴する1つの音が鳴り響いている。宇宙の根源的言語の1単語または1フレーズに純化されるこの音こそが“真の名” となり、測り知れない力を持つ原初の魔法をその存在が利用することを可能にする。
“真の名”は易々と姿を明かさないので、ほとんどのクリーチャーは自分自身の“真の名”を知らずにいる。デーモンは、デーモン・ロードになる過程の一部としてみずからの“真の名”を見出し、命名のための二つとない秘密の儀式を執りおこなわなければならない。運が良ければ、アビスの根本をなす“知覚体”が“真の名”を囁いてくれることもある。しかしたいていの場合、デーモン・ロードを目指すデーモンは骨の折れる調査研究か剣呑な冒険を通じて“真の名” を見出さなければならない。
デーモンが“真の名”を名乗るための儀式には、さらなる代償がともなう。“真の名”をほかの誰かに知られたデーモン・ロードは、そのクリーチャーに対して無防備になるからだ。“真の名”を別のデーモン・ロードに知られれば奴隷にされかねないし、少なくとも、そのデーモン・ロードの力を奪い取ることはできなくなる。サモン・デーモンの儀式(P.18)の一環として“真の名” を口にしたクリーチャーは、そのデーモンの意思に反して他次元界からそのデーモンを召喚することができる。そのうえで、“真の名”は、デーモンを束縛したりそのデーモンに筆舌に尽くしがたい苦痛を与えたりするために使うことができる。
アビスの階層の掌握
デーモン・ロードとその地位を狙う最も強大なデーモンたちとを分かつ厳然たる違いは、アビスの階層を掌握しているかいないかである。1つの階層を掌握するには、デーモンはその階層の性質を自分の意思に沿ったものにつくり変えなければならない。これは、1柱の神がアストラル海の一領域に影響をおよぼすのと同じである。デーモン・ロードは自分が掌握する階層の風景を変え、宮殿をそびえさせたり崩落させたりし、その階層の住民の姿形を変貌させる。ただ、現実をつくり変えるデーモン・ロードの能力は、神々のそれにはおよばない。また、アビスの1つの階層に複数のデーモン・ロードが割拠することもあり得る。その場合、各デーモン・ロードはそれぞれ自分の縄張りをつくりながら、階層全域の支配をめぐって相争うのである。
階層の掌握を試みて失敗した有力なデーモン・ロードは、たいていその過程において滅びる。失敗の代価として、そのデーモン・ロードは階層に吸収され、いずれ別のデーモン・ロードがその階層を掌握しようとするとき、それに抗う力の一部になる。それゆえ、アビスの階層の多くは誰にも所有されないまま残っている。階層を掌握しようという試みに対する抵抗が途方もなく強く、最強クラスのデーモン・ロードでさえそこに長居することを恐れるのである。
オビリス
この多次元宇宙の外側には、想像を絶する悪により滅ぼされた領域の、暗い名残が横たわっている。この名も無き場所はかつて、われわれの現実には描き出せないほどおぞましい姿をした異形の者たちの棲みかだった。オビリスと呼ばれるこの忌むべき者たちこそ、タリズダンを狂気に追いやり、デーモン・ロードの第一陣を堕落させ、アビスを誕生せしめた黒幕である(P.7「アビスの歴史」を参照)。
以前は大勢いたオビリスだが、彼らの宇宙の崩壊とアビスの誕生に続く恐るべき戦いを生き延びることができたのは、この強大なクリーチャーのうちわずか12人だった。この12人は今、それぞれデーモン・ロードとなっている。相争う幾百ものデーモン・ロードたちと簡単に区別はつかないが、彼らの目的は普通のデーモン・ロードたちのそれとはまるで違っている。オビリスのオボクスオブは初代の“デーモンの大巨頭”となったが、その天下は長続きせず、あろうことか同族に殺されてしまった(P.8「混沌の女王」を参照)。これに懲りたオビリスたちは、自分たちの誰か1人がアビスを征服した暁には、権勢を平等に分け合おうという取り決めを交わす。あわよくば、タリズダンとの戦いで失った力をも回復すべし、と。オビリスたちのあいだで結ばれたこの秘密同盟は、アビスを支配するというオビリスの大目的を推し進めるために存在している。
アビスにおいてさえ、オビリスの存在は神話と考えられている(さすがにほかのデーモン・ロードたちはオビリスが実在するのを知っているが)。伝説上、彼らは“12人組”または“女王の秘密会議”と呼ばれるが、ほとんどのデーモンは、遠い昔に瓦解したデーモン・ロードの同盟としてしか、それらの名称を知らない。オビリスがほかのデーモン・ロードたちと同じように相争っているのは、自分たちの結託を秘密にしておくための偽装だとも言われている。
こんにち、どのデーモン・ロードが“12人組”のメンバーなのかを知っているのは当のオビリスたちしかいない。ダゴンはオビリスであることが公に知られている唯一のデーモン・ロードだが、オビリスという称号が真に意味するところを知っているのはデーモン・ロードのなかでも最も博識な者たちだけだ。かつては“混沌の女王”が“12人組”を率いていたが、一敗地にまみれてからというもの女王の姿は見られていない。千門平原にあるオスマグロスの大ジッグラト(P.47)は、千年ごとにオビリスたちが一堂に会する場所だと言われており、千門平原を支配するのがパズズであることから、彼もまた12人のメンバーの1人ではないかと考えられている。
デーモンの召喚
『イグウィルヴのデモノミコン』から抜粋
妾わらわは十とおになるかならぬかの童女のとき、わが養母にして師でもあるバーバ・ヤガーからデーモン召喚の手ほどきを受けた。初めて召喚に成功したのはただのクアジットに過ぎなかったが、今では十指に余るデーモン・ロードの“真の名”をつかんでおり、彼らを易々と意に従わせることができる。数あ また多の世紀を生きてきた妾だが、召喚をかじったばかりの頃に味わった戦慄――正直、それは恐怖に近いものだった――をいまだに忘れることができない。妾の真の姿を見たことがある少数の者たちは、妾の体にいくつかの傷が刻まれているのを知っているだろう。それらは、召喚の儀式に失敗して恐ろしい結果を招いたときのことを思い出させる、いつまでも消えないよすがなのだ。
サモン・デーモンの儀式を執行する能力があるキャラクターは、その詳細を誰かに明かす場合、細心の注意を払う。たとえば、自分が仕えるデーモンの主に誰も近づかせないようにと、この儀式を秘密にしている者もいる。また、この儀式が邪悪なクリーチャー――あるいは自分よりも邪悪なクリーチャー――の知るところとなるのを防ぐため、あまり広まらないようにしている者もいる。
デーモン召喚の儀式の力は、その目的にだけではなく、その簡便さにも宿っている。焦点具作成の手間を除けば、儀式に必要なのはアビスの力を利用したいという欲求以外にほとんどない。もっとも、その力をきちんと理解しないままに儀式を執行すれば、たいてい身を滅ぼしてしまう。
デーモンが召喚に対してどのような反応を示すかは、それこそ千差万別である。召喚されることを喜ぶデーモンもいる。彼らにとってはこの世界に手を伸ばすチャンスであり、あわよくばいくたりかの定命者の精神を毒することさえできるかもしれないからだ。また、デーモンは召喚者との取引からなにがしかの情報を得ることもできる。そうした情報は、奈落で自分が仕えている主にとって有益なものかもしれない。召喚者よりも弱いデーモンは、進んで召喚者の役に立とうとするかもしれない。いっぽう、召喚者よりも強いデーモンは、たとえ意識の小さなかけらでも他者の力によって呼び出されたことに憤慨し、召喚者を端から敵として扱うかもしれない。
デーモン・ロードが召喚されることはめったにない。召喚者は彼らの逆鱗に触れることを恐れるからだ。とはいえ、最強クラスのデーモン・ロードでも、自分と取引をしようとするほど思いあがった定命者に対する好奇心から、怒りを抑えることはあるかもしれない。ただし、そうした自制は長続きしないし、デーモン・ロードは自分に対してサモン・デーモンの儀式を使ったクリーチャーを追跡して滅ぼすのに、定命者の寿命の何倍もの時間を費やすことで知られている。
デーモン系モンスターのテーマ
デーモンは混沌の生の精髄から生まれたクリーチャーであり、彼らの多様な特徴や能力はこの混沌の反映にほかならない。同じ種別に属するデーモンたちは互いによく似ているが、この混沌の性質は彼らのあいだにも相違として発現しうる。同様に、デーモンの力に汚染されたクリーチャーたちもまた、途方もなく多彩な選択肢のなかから新たな能力といびつな形態を選び取って身につけることができる。
この項で紹介するデーモンのテーマは、デーモンをカスタマイズし、『モンスター・マニュアル』やその他のサプリメントに収録されている標準的なクリーチャーの異型を創造するための道具をDMに提供する。これらのテーマはまた、アビスがそこに棲む生きとし生けるものすべてを歪めてしまう流儀に倣って、デーモンでないクリーチャーに魔性の性質を付与するためにも使うことができる。
ここで取りあげるものに加え、『ダンジョン・マスターズ・ガイドU』の第4章にはアビスの諸侯に仕えるしもべたちのためにデザインされたテーマが3つ載っている。すなわち、「オルクスの流血教団」、「デモゴルゴン教団」、「ロルスに選ばれし者」である。
テーマを使う
モンスター・テーマを適用することで、既存のモンスターの役割とパワーをカスタマイズすることができる。手続きはテンプレートを適用するのと似ているが、それよりはずっと簡単だし、モンスターのデータ・ブロックを一から書き直す必要もない。追加する特徴の詳細を余白に少々書き加えるだけで、そのモンスターは使えるようになる。
ステップ1:テーマの選択
この項で紹介するテーマを使えば、デーモン・ロードの下僕たちにそれらしい味付けを施すことができる。たとえば、ダゴンに仕えるヴロックはパズズに束縛されているヴロックとはものの感じかたや行動の仕方が異なっていてもおかしくない。特化されたテーマはまた、デーモンを崇める定命者をカスタマイズしたり、デーモンを束縛して自分の目的に奉仕させる術者をカスタマイズしたりするのにも使える。
ステップ2:モンスターの選択
モンスター・テーマを選んだら、次は修正を施したいモンスターを選ぶ。そのテーマにふさわしいモンスターを選んでもよいし、特定の遭遇やアドベンチャーに適したモンスターを選んでもかまわない。
テーマのなかには、特定の種類や役割のモンスターと相性の良いものがある。また、各テーマの個々のパワーの欄では、そのパワーがどの役割にふさわしいのかが説明されている。最適な役割以外のクリーチャーにもこうしたパワーの1つを適用することは可能だが、そのように修正されたモンスターは、当該パワーに記述された役割の雰囲気をいくらかそなえることになる。もっともそれは、そのモンスターのもともとの役割が変わってしまうほどの変化ではない。
いくつかのパワーは、説明文にあるように、そのモンスターを指揮役にする。いっぽう特に役割を挙げていないパワーは、どんなクリーチャーにも適用できる。
ステップ3:物語的な変更点の選択
テーマは新しいパワーのたんなる一覧表ではない。ありふれたクリーチャーをユニークな敵に仕立て直すのに使える、物語のテンプレートでもあるのだ。モンスターのデータやパワーをいじっているときには、説明と物語的要素をついつい忘れてしまいがちだが、そのモンスターがゲームのなかでどのように機能するかを決めるうえで、物語は重要な役割を果たす。良い物語を持たないモンスターは無味乾燥な数値のかたまりに過ぎず、そのようなモンスターが登場する遭遇は印象の薄いものになっても仕方がないだろう。
モンスターにテーマを付け加える際には、その外見や振る舞いがどのように変化するのかに注意すること。そうした変化は、そのモンスターが新たに得たパワーのみならず、特定のデーモン・ロードに対する新たな忠誠をも反映したものであるべきだ。
このステップは、新しいパワーの選択の後回しにしてもかまわない。パワーのなかには物語的な変更点を提示しているものもあるし、また物語的な変更点が特定のパワーを指定していることもある。したがって、必要に応じてステップ3とステップ4を行ったり来たりしながら作業を進めるのは、一向に問題ない。
ステップ4:パワーの選択
各テーマは、作り直したいモンスターにいくつかのパワーを追加する。
使用するテーマから攻撃パワーと汎用パワーを1つずつ選び、モンスターのデータ・ブロックに追加すること。さらに、テーマの説明に記載されている技能への修正値の一部または全部を適用してもよいが、必ずそうしなければならないというわけではない。
新しいパワーをいくつも積みあげたくなる気持ちはわかるが、その誘惑に屈しないこと。新しいパワーを3つ以上付与してしまうと、たんにそのモンスターの使い勝手が悪くなるだけでなく(戦闘のペースが鈍る可能性あり)、戦闘能力が通常のレベルを上まわってしまう恐れが生じる。
ほとんどのパワーはそれらが適用されたクリーチャーのレベルを用いて攻撃ロールとダメージ・ロールの計算を行なう。“近接・間合い” と記された近接攻撃のパワーは、基本クリーチャーの近接基礎攻撃の間合いを使う。
攻撃パワー:各テーマにはいくつかの攻撃パワーが用意されている。そうしたパワーのなかには、モンスターに新しい攻撃や、敵になんらかの負の効果を課す能力を付与するものもあれば、モンスターの既存の攻撃パワーに魔力を付与するものもある。各パワーは通常のモンスターのパワーと同じ書式で書かれ、そのモンスターのデータ・ブロックのどの部分に追加すればよいかを示す見出しがついている。各項にはそのパワーに最もふさわしい役割の説明があり、場合によっては物語の“導入”が示される。
汎用パワー:それぞれのテーマには、攻撃パワーに加え、オーラ、[回復]パワー、特殊な移動能力、特定の状況でのみ得られる利益といった選択肢が含まれている。
汎用パワーを追加しても、モンスターの根本的なアイデンティティや戦術が、攻撃パワーを追加したときほど劇的に変化することはめったにない。考えられる例外には個別に触れる。