少年の選ぶ道 − The boy chose a road. −


ひびきが去ってからのハルフェア軍は、カノーネからの指示も待機のまま、野営を続けていた。
そのなかから、数機の絶対奏甲が、野営地から歩いて出て行こうとしていた。
「和司!エレナハ!」
響は、一般起動で歩く和司とエレナハのシャルラッハロートの横を走りながら、2人の名を呼んだ。2人のシャル1の向かう先では、使者として訪れた2機のヘルテンツァーが起動し、立ち上がりつつあった。ハルフェアの部隊からそちらへ向かう奏甲は、和司の1機だけではない。
「白銀の暁」からの使いとしてやってきた機奏英雄は、白銀の歌姫の主張を述べ、賛同する英雄、歌姫に同行を促した。白銀の暁に来れば、奇声蟲化を遅らせ、近いうちに対処法も見つかる。いまは評議会軍と戦っているが、評議会はいままでの、そしてこれからの行為によって、人々の信用を失って自壊し、戦いは終わるだろうと、使者は言う。それに応じて、数人がハルフェア軍からの離脱を決意したのである。
ハルフェアから転向した人数は少ない。
白銀の歌姫の宣言より前から賛同して、白銀の暁のために活動していた歌姫たちが、自らのパートナーを説得したこともあって、現状の評議会側にあたるトロンメル、シュピルドーゼと評議会直属部隊では、かなりの英雄と歌姫が離反したらしかった。
それに対し、地方の一国であったハルフェアには、白銀の暁に賛同する歌姫はほとんど紛れ込むこともなかった。また、ハルフェアの英雄たちはハルフェアへ召喚され、ハルフェアで歌姫と出会い、ソルジェリッタの手配で奏甲も供与されたことから、他の勢力の指導者の一声では、それほど容易には多くの英雄の心は揺らがなかったと言える。
そうは言っても、個人的な知り合いが離れていくとなれば、人数が少なくても心理的な影響は小さくない。響は、ひびきがいなくなったこともあり、和司が白銀の暁へいってしまうことは重い出来事であった。
だが、和司とエレナハの応えはない。
去っていく数機のシャルラッハロートタイプと2機のヘルテンツァーを、響は後から追いついてきたラナラナと共に見送ることになった。
「響兄ちゃん・・・。」
両手で響の右手をつかんできたラナラナへ目を向けると、彼女の不安げな瞳と目が合う。
響は黙ってその手を握り返した。

ソルジェリッタが部隊の駐屯地に来訪したのは、突然だった。
敵も味方もわからない中で、見張りによって飛行型奏甲の飛来を発見していても、いきなり撃墜はしなかった。警戒に当たっている数機の奏甲が、戦闘起動をした状態で待ち受ける。
そうしてやってきた一機のフォイアロート・シュヴァルベは風を巻き上げて着地し、その手からハルフェアの女王と瑠璃の歌姫クアリッタが降り立った。肩に黄金の歌姫のエムブレムが付いている奏甲のコンダクターは、今回も降りない。
部隊側からは指揮官のカノーネと、英雄の中からはラナラナ姫のパートナーであることから、自然と響が女王ソルジェリッタを迎えることになった。
ラナラナは、かつてハルフェアのルリルラ宮でのように、彼女の姉に抱きつこうとしたが、女王の手前で踏み止まってしまった。女王としての威厳で身を包んだ、真剣なソルジェリッタの迫力に、響自身も気圧される。
「集合!ソルジェリッタ女王より、お言葉を賜る。全員、心して拝聴するように!」
カノーネが声を上げた。順番で警戒態勢をしいている英雄と歌姫以外は、白い翼を備えた絶対奏甲の前に集まった。
ソルジェリッタは、一堂を見渡してから、話し始めた。
「みなさま、奇声蟲の討伐、大儀、ごくろうさまでした。
衝撃的なことが伝えられたというのに、参上するのも遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
ですがここに、白銀の歌姫が語ったこと、評議会軍と白銀の暁の衝突に対し、我がハルフェアとしての決定をお知らせし、それに基づいて英雄と歌姫のお2人で、道をご選択ください。
もちろんハルフェアへ帰還されれば、民は皆さんを奇声蟲の脅威を退けた真の英雄として歓迎し、奇声蟲化という問題にも、わたくしをはじめとして、識者の全力を挙げてその真実がいかなるものなのか、まことであれば、その対処の方法を探す所存です。」
黙って聞いている人々の中から、いくつかのため息をもれた。
ソルジェリッタは一息ついてから続ける。
「わたくしは3つの道を皆様に提示させていただきます。」
ソルジェリッタは、ここでも一息ついた。響を含め英雄と歌姫たちは、次の言葉を黙って待った。
「ハルフェアは、トロンメル、シュピルドーゼと共に黄金の歌姫のもと、つまり『評議会軍』に、賛同いたします。
ですが、すでに各国の部隊は新型奏甲を配備しており、既存の奏甲を主力とし、奇声蟲撃退の痛手も回復していない我が国の武力は、前面の戦場に展開するには力不足です。
よって部隊はハルフェアへ一旦帰還し、奏甲については黄金の工房を率いる赤銅の歌姫からの支援などを受け、戦力の建て直しを計って、のちに参戦を考慮するものとします。」
聴衆がざわめく。戦っている一方への迎合は、それに賛成の者、反対の者の両方にとって重要な課題であるからだ。
だが質問などが飛ぶ前に、ソルジェリッタはさらに続けた。
「そして、先ほど述べた3つの道です。
1つは、お伝えしたハルフェアの方針に沿って、ここから撤退を始めること。
次に、最高評議会に信を置くことができず、白銀の暁へ参加するためハルフェアを離れることが1つ。これは後、残念ながら敵として会いまみえることになりましょう。
最後の1つは、奏甲を持ち、英雄と歌姫の2人でどこの陣営にも参加することなく、独立する道です。
アーカイアでは労働と引き換えに報酬を手に入れることができます。英雄の皆様であれば、歌姫と共に生きていき、なにかを追い求めることもできるかもしれません。奏甲については、黄金の工房の一部や豪商の商業ギルドなどが、配慮してくれるとお話をいただいております。」
多くの英雄と歌姫がお互いを見合った。自分のパートナーが、どの道を望むのか。それを知りたいと。
だが、響はラナラナを見られなかった。ソルジェリッタに鋭く見つめられていた響は、その3つとは違う道が、自分を待っていることを直感した。
だが、大勢に語りかけるソルジェリッタは、まだそのことを具体的に響に伝えてくるわけではない。
「ハルフェア軍は明日の日の出と共に、国元へ向けて出立します。
シュピルドーゼの艦隊の助けにより、トラバンデンシュタッドの港へ渡り、ハルフェアへ渡るところまで、陸路をたどります。
みなさま各々のご決断は、明日の出立までになさってください。
たとえ、ここで袂を分かつことになろうとも、アーカイアを奇声蟲の脅威から救ってくださったことに変わりはありません。英雄の皆様、そして英雄と共に戦った、いとしき歌姫たちに、良い歌と風がありますように、お祈りいたします。」
「準備に入れ!思うところあればそれに従い、必要なことを進めよ。解散!」
間髪いれず、カノーネが号令した。だからといって、一同はすぐにばらばらになることはせず、それぞれ己のパートナーと話し、小隊の面子で、あるいは小さなグループ仲間や歌姫同士のつながりなどの集まりごとに、とるべき道を相談し、あるいは議論する。
そのなかで、ソルジェリッタはクアリッタを伴って、腕にラナラナをしがみつかせている響の方へ、まっすぐ歩いてきた。
「響様。お久しぶりでございます。ひびき様のことについては、残念でなりません。」
ソルジェリッタは、先ほどまでの力強さが欠けていた。肩を落とし、心からそう思っていることと、彼女自身、ひびきのことで心痛めていることが、ありありと伝わってくる。
「いえ、あれはひびきが自分で選んだことです。一緒に行かなかったのは、僕の選択です。
ソルジェリッタ様がさっき言われたことからすれば、それぞれ自分で選んだことですから。
それより、僕には違う道があるんですよね。」
ソルジェリッタは目を伏せて、ため息をついた。響は、言わないこと、いえないこと、それ以外にも心で重荷を背負う彼女に、大人の辛さを見た気がした。
ソルジェリッタは、あらためて切り出した。
「ハルフェアは島国で、アーカイア本島からは海で隔てられております。ですがアーカイアの一部であることは違いなく、アーカイアという世界から孤高を保つことはできません。
トロンメルの西部の戦場で、北のヴァッサァマインの塔の下で、ファゴッツの砂漠と商業都市において、どのようなことが起きていて、人々がどのように考えて行動し、時代がどの方向へ向いているか、知らねばなりません。
そして、不確定なことが多くて未来が定まらない時ではありますが、ひびき自身と、あの人が出会う人や出来事は、世界がどのような道をたどろうとも、いくつかの『要』の1つなのです。」
ひびきがそんなに重要な人物になりえるというのは、響には信じにくいことであったが、宿縁の歌姫が一国の支配者であれば、アーカイアという異世界の中でも特別な役割を負う運命なのかと思う。
話が進むごとに、響の手を握り締める手がこわばっていくラナラナの温もりを感じながら、響は黙ってうなずいて、ソルジェリッタに続きを促した。
「そこで響様には、ラナラナ、ブリッツ・ノイエと共に、有志の英雄と歌姫を率いて、評議会軍の支援部隊として戦(いくさ)に赴いていただきたいのです。
ご判断は響様にお任せしますが、真正面から戦線に加わる必要はありません。判断のための材料となる情報については、こちら瑠璃の歌姫クアリッタが同行し、お手伝いいたします。奏甲については赤銅の歌姫と取り交わしてまいりまして、各地の黄金の工房の施設、人員の支援を得られる手はずになっております。シャルラッハロートの旧型を、新鋭機に交換することも承諾を取っています。なにかの被験者にされる可能性はありますが、実戦での起動や運用の情報収集くらいに済むでしょう。」
響は、ラナラナの手に応えるように、すこし力をいれて彼女の手を握り締めた。
「それだけ準備してくれて、僕は何を見つければいいんですか?」
ソルジェリッタは響の瞳を覗き込むようにしてから、ゆっくり姿勢を戻して言った。
「世界で起きていることをお伝えください。そして、ひびきを探してください。わたくしはどうしてもひびきともう一度、調律する必要があります。
あなたが彼女を見つけ、わたくしを求めるよう説得していただきたいのです。絶対奏甲は建造したり、修理したりできます。ですが、人の心、人と人のつながりというものは、手順にのっとって修復ができるほど、簡単でも単純でもありません。それをもっとも確実にするには、この世界では調律して共に歌うことが一番の近道なのです。
そのときには、分かれてしまったときとは違う心、異なる状況で出会い、わかりあえるでしょう。わかりあえるはずです。
響様、お願いできますでしょうか。」
響は、いまから口にする言葉で、自分が引き返せない一歩を踏み出すことがわかっていた。それはハルフェアに帰還して奇声蟲化を恐れつつ過ごすよりはましであっても、戦争の場に居合わせなければならない、辛くて冷たい道になることが容易に想像できる。
ましてや、求められたのに断わった女性を見つけに行き、会って、説得までしなくてはならない。だが響の心のどこかが、ひびきともう一度、話をしたがっていた。
「わかりました。有志を募って、戦いに向かいます。ひびきはそこにいるんですね?」
「ええ。どの陣営に組して、なにを目指しているかは予測できませんが、どのような形にしろ、あの人はいます。あなたも出会えるはずです。」
「僕が評議会をダメだと思ったら、どうするんです?」
「その判断も、お任せします。
どのみち、わたくしは最高評議会がいまの形で、この戦争の終わりを迎えられるとは考えていません。
評議会はあまりにも重要なことを、アーカイア全体に対して隠してきました。隠されていたことが真実かどうかは確証がありませんが、隠していたという事実だけでも評議会の十二賢者は苦しい立場ですし、黄金の歌姫が目覚められれば、状況は変わらざるをえませんから。
響様。あなたも王女ラナラナと宿縁をお持ちの英雄です。その宿縁の旋律が、あなたを導きましょう。そのような人々の宿縁が、出会い、相互に響きあい、重なり合って奏でる歌が世界を左右する。それが歌から生まれたこの世界『アーカイア』の真髄なのです。
あなたとラナラナが奏でる歌を、わたくしは信じます。」
「わかりました。そんなに信用してもらうなんて、怖いくらいだけど、ひびきを探しに行きます。」
響はようやくソルジェリッタから目を離し、ラナラナを見た。揺れる瞳に不安とうっすりと涙がかかっている。
「大丈夫だよ、ラナラナ。みんなが『めでたし、めでたし』で終わるように、がんばるから。」
確信はないものの、その答えに微笑んで見せようとするラナラナの頭をなでる。一度うなずいてから、離れた場所にあるブリッツ・ノイエを見た。これからの苦難を、ラナラナとこの奏甲とで越えていくことになる。響は心の中で、見上げるブリッツに「よろしく頼むぜ相棒。」と思ったのだった。

ソルジェリッタが響に真の頼みごとをしている間、瑠璃の歌姫クアリッタは、一言も話さないままで、女王と機奏英雄のやり取りを見ていた。目の前でなされるやり取りが、歴史の表に出ることはなくても、世界にかかわる出来事の転換点になるのだと、冷静に観察していたのである。彼女自身がそうであるように、ノイエン、ソルジェリッタも、このような「目立たない歴史の転換点」について、働きかける立場なのではないかと、クアリッタは見込んでいた。
突然、彼女は既視感にとらわれた。1人の少年に、世界での重要な役割について説く自分の姿。だが、過去にそのような場面はありえない。それは隠者から言葉で伝えられた予言が、かぶさっただけかもしれなかった。


<< 46 戻る 48 >>