事件の解決 - The accomplishment -


ノイエンとフェニタが弔いを行っている中、ひびきは移動はしないものの、絶対奏甲で周囲を警戒していた。それでもノイエンの鎮魂歌が終わるまで、特に異常も危険もなく、2人の埋葬者は祈りを終えた。
「さあ、蟲退治に行こうか。」
ノイエンが明朗に言った。それはすこしわざとらしかった。
「移動は長くなりそう?」
ひびきは奏甲と人との移動力の違いを思って聞いた。
「もちろん、手に乗せて。遭遇するまでは一緒で大丈夫、大丈夫。」
再び、ひびきはノイエンとフェニタをミリアルデの手のひらに載せ、ノイエンの示す方向へ進み始めた。奏甲だけでなければ問題なかったが、手のひらに人がいるとなると、それなりに枝を避ける必要もある。手がかりはか細く、進む速度も速いとは言えない探索行となった。

昼食をとった後で、ノイエンは再び織歌を歌った。歌術「大地の調べ」で幻糸の乱れを探るためだ。ノイエンはそれで手ごたえを見つけたらしく、指示には自信が加わった。
森を突き進んでいくと、丘のふもとのような場所で、突然、森が開けた。目の前には丘が崩れた斜面があり、その下は小さな池になっている。奏甲のサイズで考えれば、ほんの水溜りといった程度のものであったが、森の生き物や植物にとってはそうではない。
そして3人の探索者の目を釘付けにしたのは、その池の中、斜面に背を預けるようにして各坐している絶対奏甲であった。
「あれが、幻糸の乱れの元?」
ひびきはそうつぶやいたが、その奏甲は、起動して幻糸を乱すとは到底思えない様相であった。つる草が巻きつき、座り込んだ形に曲げられた膝と肩の関節のところからは、別の植物がまっすぐ伸びて、葉を茂らせている。水が寄せる周囲は苔むしている。
「奏甲は幻糸鉄鋼の塊だけど、あれではないわ。もっと普通に幻糸の乱れがあったもの。」
ノイエンが答えた。フェニタが続けて言った。
「気をつけてください。水辺は、どのような生き物にとっても・・・」
だが、彼女はそこまでしか言えなかった。横からなにか大きなものに体当たりされて、ミリアルデが大きく揺れる。ひびきはミリアルデの手に乗せている2人を、落とさずに、しかし握りつぶさないように操作し、同時に転倒しないようにミリアルデの下半身のバランスを裁いた。手のひらの2人は、それぞれ奏甲の指にしがみつき、落下はしていない。
ひびきは数歩移動してから、周囲を見回し、目標を見つけた。ノイエンの歌が聞こえてきて、ミリアルデが戦闘起動し、ケーブルでノイエンの意識でのつながりを持つ。
いつにない、すばやい動きで肩膝をつき、手のひらの2人を下ろす。肩膝つきの姿勢のまま、ミリアルデは腰の剣を抜く姿勢を取った。それは足腰の形だけを見れば、ひびきがスタート・ダッシュをするときの姿勢に似た姿勢である。その、いつでも飛び出せる姿勢で、剣は抜かないまま、相手の様子をうかがう。
目標は、ミリアルデに体当たりをしたあと、その正面にいた。それは見間違えようもない、奇声蟲であった。その大きさは、ひびきの感覚でいうと小さい軽自動車くらいの大きさだ。それに鉤爪を備えた足が3組生えていて、その体を持ち上げている。タイミングを計るかのように、奇声蟲はかすかに上下に揺れ、牙のある口周辺は牙や触手が、昆虫と同じように常に蠢く。
『大丈夫。あの程度なら、偽装してたってミリアルデの敵じゃないよ。』
歌と平行して、脳裏にはノイエンの思考が投げかけられた。
「ほかにはいない?こいつがあなたのところへ行ったりしなければ、大丈夫かな、ノイエン?」
『ええ。大丈夫、フェニタもいてくれるから。まずはそいつをやっつけて。』
「わかったわ。」
ノイエンの支援歌で戦闘起動しているとはいえ、ひびきは全開には程遠い反応しかしない今のミリアルデを、全力で前へ飛び出させた。同時に剣を抜き放ち、横になぎ払う。
奇声蟲は後ろへ避けた。3組の足を伸びきらせて飛びすさり、着地の姿勢を同じ3組の足が足とサスペンションの二役を同時にこなして、戦う姿勢を維持する。
ポザネオ島での戦闘では、これより大きい衛兵種を易々と倒してきたひびきは、いまのミリアルデが外装だけでなく、性能も押さえられているのを知るとともに、自分がどれだけミリアルデの本来の高性能と、ソルジェリッタに頼っていたかを思い知らさせる気分だった。
だが、ミリアルデの剣には休む間もなく次の攻撃を繰り出していく。着地した奇声蟲に対して、さらに踏み込み、返す刃を突き入れる。
剣の先が、硬い外殻を突き破るショックとは別に、ひびきの左側から衝突音がした。爪による攻撃がミリアルデの左腕に命中していた。
『大丈夫!』
ケーブルで感じるノイエンの意識がそう言い、支援の歌が変化した。月や太陽、そして星について歌っているのが、ひびきにもわかる。
ミリアルデは、刺さった剣を何も問題なく両手で抜くと、さらに振りかぶって切りつけた。乾いた幾枚もの板が、一度に割れるような音がして、奇声蟲の前足を粉砕する。
奇声蟲が吼えた。だが、それはミリアルデの一撃による傷のための叫びではなく、攻撃的な奇声であった。ひびきは、いきなり頭痛と吐き気に襲われ、悪寒と苦痛で硬直しそうになる。
『こらえてっ、ひびき。すぐ消えるからっ!』
さらにノイエンの歌が、海辺に優しく打ち寄せる波を思い起こす歌に変化した。ひびきの体から奇声による不快が消え、ミリアルデは奇声蟲の連続の攻撃を受けないよう、剣を構えなおす。
「よくもぉっ!」
ひびきの気合とともにたたきつけられた剣の一撃は、奇声蟲の胴体を真ん中にとらえ、振り下ろした刀身は奇声蟲の体を切り抜けて、地面をたたいた。
奇声蟲はすべての足から力が抜け、ミリアルデの剣で半分切断された胴体が、音を立てて地面に落ちた。
「ふぅ。」
ひびきは息をついた。
彼女はふと、倒した奇声蟲が光る幻糸に分解し、その後に男の体が転がる幻を見た気がしたが、それはあくまで気のせいで、目前の奇声蟲はそのまま屍をさらしていた。


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